荀子

君道篇

真のリーダーシップとは、民衆を理解し、優秀な人材を適材適所で活用し、組織全体を繁栄に導くことである。リーダーは舟、部下は水のような関係性を理解し、徒力による支配ではなく、信頼と正義に基づいた統治こそが持続可能な繁栄をもたらす。
最重要格言
君とは舟なり。庶人とは水なり

君主は舟であり、民衆は水である。水は舟を浮かべもするが、転覆させもする。

君道とは、能く群する所以の者なり。君は能く群する者にして、群は能く存する者なり。故に民の能く群する所以の者は、分なり。分の能く行わるる所以の者は、君なり。故に君は民の始なり。始なりとは、能くこれを群せしむる所以の者なり。 君道は、便なり。其の臣下を処するや、等有り。其の度を制するや、節有り。其の倫を立つるや、序有り。此れ君道の一なり。

徳を論じて次を定め、能を量りて官を授く。功を察して爵を予え、禄を頒ちて能に称う。此れ君道の一なり。 情を聴きて名を正し、名を案じて形を合わせ、形を験して賞罰を信ず。此れ君道の一なり。

官人の能を兼ぬる無く、士の事を兼ぬる無く、其の能に称いて之に任ずれば、則ち官人、其の事を治め、士、其の職に処る。此れ君道の一なり。 貴賤、殺を同じくし、賞罰、倫を同じくす。此れ君道の一なり。

故に徳を以て民を化し、法を以て民を治め、信を以て民を使い、賞を以て民を勧む。此れ君道の一なり。 故に君は民の源なり。源、清ければ則ち流れ清く、源、濁れば則ち流れ濁る。故に君子は其の源を清くする所以の者を慎む。 其の源を清くする所以の者は、礼義なり。礼義、修まれば則ち源清し。源清ければ則ち流れ清く、流れ清ければ則ち民治まる。民治まれば則ち国安し。国安ければ則ち君尊し。此れ、君子、其の身を治むる所以の者にして、亦、其の国を治むる所以の者なり。

君の道は、能く官するに在り。官の道は、能く法するに在り。法の道は、能く民を斉しくするに在り。民の道は、能く事に順うに在り。事に順えば則ち治まり、事に順わざれば則ち乱る。 故に君子は法を上とし、しかして私無く、事を上とし、しかして私無く、信を上とし、しかして私無く、義を上とし、しかして私無し。此れ、君子の道なり。

故に人主の道は、好む所有り、悪む所有り。好む所は、賢にして能ある者なり。悪む所は、不肖にして能無き者なり。然るに、賢にして能ある者を好めども、未だ必ずしも挙げず。不肖にして能無き者を悪めども、未だ必ずしも去らず。れ、人主の公患なり。 故にいわく、有道の人主は、必ず其の私を公義に勝たしむること能わず。故に其の愛する所を挙げ、其の悪む所を去る。 君とは舟なり。庶人とは水なり。水は則ち舟を載せ、水は則ち舟を覆す。此れ、人主の戒めざる可からざる所以なり。

故に、人主、能く其の民を愛すれば、則ち其の民、能く其の主を愛す。其の民、能く其の主を愛すれば、則ち其の主は安く、其の国は治まる。 人主、其の民を愛すること能わざれば、則ち其の民、其の主を愛すること能わず。其の民、其の主を愛すること能わざれば、則ち其の主は危うく、其の国は乱る。 故に、人主の安きは、其の民の愛するに在り。其の危うきは、其の民の悪むに在り。 故にいわく、衆を得れば則ち国を得、衆を失えば則ち国を失う。此れ、其の謂なり。

故に、人主は、其の国を富まし、其の民を利するを以て功と為す。其の刑罰を重くし、其の賦斂を厚くするを以て罪と為す。 故に、君人なる者は、之を索むるに労し、之を使うに佚す。 故に、人主の道は、中なり。其の臣下を処するや、身、正しければ則ち景、直く、声、和すれば則ち響、応ず。 故に、善く問う者は、鐘を叩くがごとし。徐ろに之を叩けば則ち徐ろに鳴り、疾く之を叩けば則ち疾く鳴る。善く答えざる者は、鐘を叩くがごとし。徐ろに之を叩けば則ち徐ろに答えず、疾く之を叩けば則ち疾く答えず。 故に、君子は善く問い、善く答え、其の問う所は、道を以てす。其の答うる所は、理を以てす。

君主の道(君道)とは、人々をうまく組織しまとめる(群する)ためのものである。君主は人々をまとめる者であり、人々がまとまることで(社会は)存続できる。そもそも、人々がうまくまとまることができる理由は、(身分や役割の)区別(分)があるからだ。その区別がうまく機能する理由は、君主がいるからだ。したがって、君主は民の根本(始)である。根本であるとは、人々をうまくまとめることができるからである。 君主の道は、理にかなったものである。その臣下を配置するにあたっては、等級がある。その制度を定めるにあたっては、節度がある。その秩序を立てるにあたっては、順序がある。これが君主の道の一つである。

その人物の徳を評価して席次を定め、能力を測定して官職を授ける。功績を調べて爵位を与え、俸給を分配してその能力にふさわしいものにする。これが君主の道の一つである。 (臣下の)訴えを聞いて(その者の)職名を正し、職名を調べて(その職務内容である)実績と合っているかを確かめ、実績を検証して賞罰を確実なものにする。これが君主の道の一つである。

役人に能力を兼任させることなく、士人に職務を兼任させることなく、それぞれの能力に応じて任務を授ければ、役人はその仕事を治め、士人はその職務に専念する。これが君主の道の一つである。 身分が高い者も低い者も、法を犯せば同じように処罰し、賞罰は誰に対しても同じ基準で適用する。これが君主の道の一つである。

徳によって民を教化し、法によって民を統治し、信頼によって民を使い、賞によって民を奨励する。これが君主の道の一つである。 そもそも君主は民の源流である。源流が清ければ、その流れも清い。源流が濁れば、その流れも濁る。だから君子は、その源流を清く保つことを慎むのである。 その源流を清く保つもの、それは礼儀である。礼儀が修まれば源流は清くなる。源流が清ければ流れは清く、流れが清ければ民は治まる。民が治まれば国は安泰である。国が安泰であれば君主は尊ばれる。これこそが、君子が自らの身を治める方法であり、また、その国を治める方法でもある。

君主の道は、役人をうまく用いることにある。役人の道は、法をうまく用いることにある。法の道は、民を公平に扱うことにある。民の道は、仕事に順応することにある。仕事に順応すれば国は治まり、順応しなければ乱れる。 だから君子は、法を第一とし、私情を挟まず、仕事を第一とし、私情を挟まず、信頼を第一とし、私情を挟まず、義を第一とし、私情を挟まない。これこそが、君子の道である。

そもそも君主の道には、好むところと憎むところがある。好むところは、賢明で有能な者である。憎むところは、愚かで無能な者である。しかし、賢明で有能な者を好みながら、必ずしも登用するとは限らず、愚かで無能な者を憎みながら、必ずしも退けるとは限らない。これこそが、君主が抱える共通の悩みである。 だから言うのだ、「道を備えた君主は、必ず自らの私情が公的な義に打ち勝つことを許さない」と。だからこそ、愛する者であっても(無能なら退け)、憎む者であっても(有能なら)登用するのである。 君主とは舟である。民衆とは水である。水は舟を浮かべもするが、水は舟を転覆させもする。これこそ、君主が警戒せずにはいられない理由である。

故に、君主がよくその民を愛すれば、民もよくその君主を愛する。民がよくその君主を愛すれば、君主の地位は安泰で、国は治まる。 君主がその民を愛せなければ、民もその君主を愛さない。民がその君主を愛さなければ、君主の地位は危うく、国は乱れる。 故に、君主の安泰は、民が愛してくれるかどうかにあり、その危険は、民が憎むかどうかにある。 だから言うのだ、「大衆の支持を得れば国を得、大衆の支持を失えば国を失う」と。これこそが、その意味である。

故に、君主は、国を富ませ、民に利益をもたらすことを功績とし、刑罰を重くし、税の取り立てを厳しくすることを罪とする。 故に、人々を治める君主というものは、人材を探し求めることには労力を費やすが、彼らを用いるにあたっては安楽である。 そもそも、君主の道とは、中庸であるべきだ。その臣下に対するに、我が身が正しければ、影がまっすぐであるように(臣下も正しくなり)、声が和やかであれば、こだまが応えるように(臣下も応える)。 だから、優れた問いかけをする者は、鐘を叩くようなものだ。ゆっくり叩けばゆっくりと鳴り、速く叩けば速く鳴る。優れた答えが返ってこないのは、鐘を叩くようなものだ。ゆっくり叩いてもゆっくりとは答えず、速く叩いても速くとは答えない。 故に、君子は問いかけも答えも巧みである。その問いかけるところは、道に基づき、その答えるところは、理に基づいている。

君道篇が扱う主題

君道篇組織を結束させるリーダーシップの原則について書かれています。

荀子は『真のリーダーとは、部下を支配する者ではなく、組織全体を繁栄に導くサーバントリーダー』として、君主の本質的役割と責任、そして人材を適材適所で活用する組織運営術を説きました。

君道篇の特徴的な教え

荀子は『君は民の源なり、源清ければ則ち流れ清く』という『トップダウン結束論』と、『君とは舟なり、庶人とは水なり』という『ボトムアップ結束論』を同時に提示し、リーダーシップの二重性を説いています。つまり、リーダーは組織の頂点でありながら、同時にメンバーに依存した存在であることを明確に認識しなければなりません。

徳を論じて次を定め、能を量りて官を授く

人材の人格や能力を正しく評価して、適材適所の人事配置を行う。単なる好き嫌いや情実ではなく、客観的な基準に基づいた人事管理。

君人なる者は、之を索むるに労し、之を使うに佚す

優秀なリーダーは、人材を発掘・採用することには努力を惜しまないが、一度登用した後は彼らが能力を発揮しやすい環境を作る。

君とは舟なり、庶人とは水なり

リーダーとメンバーの関係は、舟と水のようなもの。水(民衆)がなければ舟(リーダー)は浮かべないが、水は舟を転覆させる力も持つ。

源、清ければ則ち流れ清く、源、濁れば則ち流れ濁る

リーダーの品格や行動が組織全体に流れ、文化や雰囲気を形作る。リーダーが正しければ組織も正しくなり、腐敗すれば組織も腐敗する。

なぜ現代でも重要なのか

現代のサーバントリーダーシップ、エンパワーメント、360度フィードバックなど、現代組織マネジメントの最新理論と驚くべき一致を見せる古典的教えです。

チームビルディング、人材育成、組織文化構築、ステークホルダーマネジメントなど、あらゆるリーダーシップシーンで実践可能です。

この教えの戦略的応用

ケーススタディ:あなたのチームで『真のリーダーシップ』を発揮するには?

君道篇の『君は民の源なり』を現代ビジネスに応用すると、部下から信頼され、結果を出すサーバントリーダーシップになります。荀子が説いた4つのリーダーの本質を、現代のトップ企業の実例で学びましょう。

人材評価と配置

(徳を論じて次を定め、能を量りて官を授く)
Microsoft の多様性重視人事

サティア・NadellaがCEOに就任後、インド出身という自身の経験も踏まえ、能力と人格を重視した人事で企業文化を変革

実践のコツ

人事評価で『徳』(人格・価値観)と『能』(スキル・成果)をバランスよく評価しているか?

人材発掘と活用

(君人なる者は、之を索むるに労し、之を使うに佚す)
Netflix のタレントマネジメント

CEOリード・ハスティングス自らが優秀な人材の採用面接に参加し、一度採用した後は『自由と責任』で大幅な裁量権を与える

実践のコツ

優秀な人材の採用に十分な時間とリソースをかけ、後は彼らを信頼して任せているか?

組織文化構築

(源、清ければ則ち流れ清く、源、濁れば則ち流れ濁る)
Patagonia の環境経営

初代オーナーのIvon Chouinardの環境への情熱が、『1%フォー・ザ・プラネット』や最近の『企業売却』など、企業活動のあらゆる側面に反映

実践のコツ

あなたが大切にしている価値観や原則が、チームメンバーにも伝わっているか?

ステークホルダー関係

(君とは舟なり、庶人とは水なり)
Tesla のElon Muskのコミュニケーション

費用削減時でも社員との直接対話を重視し、TwitterやX社内メールで経営状況や将来ビジョンを透明に情報共有

実践のコツ

部下やステークホルダーの不安や期待を理解し、適切に情報共有しているか?

実践チェックリスト

この章の核となる思想を掘り下げる

君とは舟なり。庶人とは水なり

古典の文脈

この言葉は荀子のリーダーシップ論の最も有名な部分で、現代の『サーバントリーダーシップ』の原点とされています。君主(リーダー)は舟であり、民衆(チームメンバー)は水である。水がなければ舟は浮かべないが、水は舟を転覆させる力も持つ。荀子はこのメタファーで、リーダーとフォロワーの関係がただの上下関係ではなく、相互依存のパートナーシップであることを明確に示しました。

現代的意義

現代において、この教えは『真のアカウンタビリティ』を示しています。CEOや管理職は権力を持つと同時に、社員・顧客・株主に対して絶対的な責任を負う立場です。私的利益や短期的成果のみを追求し、ステークホルダーの信頼を裏切るリーダーは、まさに『水に転覆される舟』です。ESG投資、ステークホルダー資本主義、社員エンゲージメントなど、現代の企業経営における『マルチステークホルダーへの責任』は、荀子のこの洞察の現代版といえます。

実践的価値

明日からあなたができること:まず『水の声』を聞く習慣をつけてください。毎週、チームメンバーとの1on1や非公式なチャットで、彼らの本音や不安を聞き、『舟を支える水』の状態を把握する。次に『源流』としての自分を整えてください。あなたの価値観、判断基準、コミュニケーションスタイルが、チーム全体の文化を形成することを常に意識する。『源が清ければ流れも清く』なるように、あなたの行動がチーム全体に波及していくのです。

歴史上の人物による実践例

『君とは舟なり、庶人とは水なり』という荀子の教えを、最も完璧に実践したのが徳川家康でした。彼の「民の声を聞き、人材を適材適所で活用する」リーダーシップは、260年間という史上稀に見る安定政権を築きました。

徳川家康 - 江戸幕府の人材登用術と統治哲学

徳川家康の最大の天才は、荀子の「徳を論じて次を定め、能を量りて官を授く」を完璧に体現したことにあります。



家康は、出身や身分を問わず、本物の能力を持つ人材を登用しました。本多正信(三河の小姓出身)を筆頭家老に、大久保忠光(佐賀の土豪出身)を外交担当に、本山正害(加賀一向出身)を政策ブレーンに。さらに、天海僧正(元僧侶)、金地院崇伝(僧侶出身)など、宗教界からも優秀な人材を登用しました。



さらに注目すべきは、家康が「民の声」を聞くことを重視したことです。彼は「民は国の本」という哲学のもと、税改革や新田開発などで農民の生活安定を図り、商業振興で老人の生活を安定させました。まさに「水は舟を載せ、水は舟を覆す」を理解した統治でした。

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