貞観政要

任賢篇

組織の成功は、適材適所の人材配置と公正な評価制度にかかっている。創業期と安定期では求められる人材像が異なり、各段階に応じた戦略的な人事制度の構築が必要である。リーダーは自らの心を正し、謙虚に人材を求め続けることで、組織全体の持続的な成長を実現する。
最重要格言
政の要は、唯だ人に在り

政治の成功は、優れた人材を得ることがすべてである。人材を得れば天下は治まり、失えば国家は危機に陥る。

貞観二年、太宗、侍臣に謂いていわく、政の要は、唯だ人に在り。人を得れば則ち天下、理まり、人を失えば則ち国家、危うし。故に、古の哲王は、皆な人を求むるを以て務めと為し、己を屈して以て之を待つ。今天下、未だ甚だ広くあらず。士庶、未だ甚だ衆からず。若し我、広く才を求めなば、亦た得難きを患えざるなり。

貞観四年、太宗、房玄齢に謂いていわく、卿、官人を選ばば、唯だ其の才行を審らかにし、苟も浮華虚偽の輩に、濫りに科級を授くること勿かれ。朕、聞く、官は才に称いて授け、禄は功に称いて与うるは、古今の通義なり。しかるに、今の選挙は、唯だ其の資蔭を以て先と為し、其の才行を以て後と為す。を以て、多くの士、行いを励ますの心を怠り、徒に年労を積む。此れ、風俗の衰うる所以なり。

貞観六年、太宗、侍臣に謂いていわく、朕、毎に三品已上の官と、事を論ずるに当たりて、即ち其の言、理有らば、我が意に違うといえども、我、未だ嘗て之を悦ばざるは莫し。若し其の言、理無くして、苟も我が意に順わば、我、未だ嘗て之を怒らざるは莫し。の故に、人主は己を正しくして、以て下の邪を正す可し。上の好む所、下は必ず之に随う。朕、常に此れを思う。故に、敢えて身を屈して、以て天下の賢才を求めんと欲す。

貞観九年、太宗、侍臣に謂いていわく、朕、聞く、人の主たる者は、必ず先ず其の心術を正しくし、然る後に乃ち政教を行う可し、と。夫れ心は、百体の君なり。政教は万民の本なり。心正しければ則ち百体、皆な順い、政教、修まれば則ち万民、化す。朕、常に此れを以て自ら励む。故に、敢えて驕奢を為さず。

貞観十年、太宗、侍臣に謂いていわく、人にして聖哲なる者は、堯・舜といえども、尚お得難し。若し其の短を捨て其の長を取らば、則ち人は棄つ可き者、鮮なし。故に、小善を以て大悪を忘れず、小瑕を以て大美を匿すこと勿かれ。

貞観十四年、太宗、房玄齢等に謂いていわく、朕、毎に卿等と古今の事を論ずるに、未だ嘗て治乱の要、人に在らざるは莫し。今、朕、深く宮中に居り、百姓の疾苦を知ること能わず。公等、宜しく朕が為に広く賢才を求め、天下の利害を訪ねよ。若し言、用う可くば、朕、必ず之を賞せん。

貞観十八年、太宗、侍臣に謂いていわく、朕、常に思う、草澤の中に遺才無く、朝廷に仕えざるの士無しとは、古より之を美談と為す。朕、位に即きてより、常に賢を思いて、未だ嘗て一日も忘るること有らず。

貞観二年、太宗は側近の臣下に言った。「政治の要諦は、ただ人材を得ることにある。優れた人材を得れば天下は治まり、人材を失えば国家は危うくなる。だから、昔の賢明な王は、皆、人材を求めることを務めとし、自らを謙虚にして彼らを迎えた。今の天下は、それほど広大ではなく、士大夫や庶民もそれほど多くはない。もし私が広く才能を求めるならば、人材が得られないと心配することもないだろう。」

貞観四年、太宗は房玄齢(ぼうげんれい)に言った。「卿が官吏を選ぶにあたっては、ただその才能と品行をよく見極め、決して見かけ倒しで誠実さのない輩に、みだりに官位や等級を与えてはならない。私が聞くところによると、官職は才能に応じて授け、俸給は功績に応じて与えるのが、古今の共通した道理である。それなのに、今の官吏登用は、ただ家柄や七光りを優先し、才能や品行を後回しにしている。このため、多くの士は品行を磨く心を怠り、いたずらに年功序列を重ねるだけになっている。これこそが、世の風俗が衰える原因である。」

貞観六年、太宗は側近の臣下に言った。「私はいつも三位以上の高官と政治を論じるにあたり、その言葉に道理があれば、たとえ私の意に反していても、喜ばないことはない。もしその言葉に道理がなく、ただ私の意に順じているだけであれば、私がこれを怒らないことはない。こういうわけで、君主はまず自らを正しくして、それによって下の者たちのよこしまな行いを正すべきである。上の者が好むことを、下の者は必ずそれに従うものだ。私は常にこのことを思っている。だからこそ、敢えて身を屈して、天下の賢才を求めたいのだ。」

貞観九年、太宗は側近の臣下に言った。「私が聞くところによると、君主たる者は、必ずまずその心構えを正しくし、その後に初めて政治や教育を行うべきだ、と。そもそも心は、身体全体の君主である。政治や教育は、万民の根本である。心が正しければ身体の百体は皆、順調に働き、政治や教育が修まれば万民は徳化される。私は常にこの言葉で自らを励ましている。だから、敢えて驕り高ぶり、贅沢をしようとは思わない。」

貞観十年、太宗は側近の臣下に言った。「人にして聖人君子である者は、かの堯・舜でさえ、なお得がたいものであった。もし人の短所を捨てて長所を取り上げるならば、世に棄てるべき人間はほとんどいないだろう。だから、小さな善行があるからといって大きな悪事を見逃してはならず、小さな欠点があるからといってその人の大きな美点を隠してしまってはならない。

貞観十四年、太宗は房玄齢らに言った。「私がいつも卿らと古今の事柄を論じるにつけ、治乱の要が人材の有無になかったことは一度もない。今、私は宮中の奥深くにおり、民衆の苦しみを知ることができない。公たちは、よろしく私のために広く賢才を求め、天下の利害について尋ねよ。もしその言葉が採用すべきものであれば、私は必ずそれに賞を与えよう。」

貞観十八年、太宗は側近の臣下に言った。「私が常に思うのは、『在野に埋もれた才能はなく、朝廷に仕えていない賢人もいない』というのが、古来より美談とされていることだ。私が即位して以来、常に賢者を思い求め、一日たりとも忘れたことはない。」

現代に活かすための「原理原則」

任賢篇の本質は、「組織における人材戦略の普遍的原則」を示していることにあります。唐の太宗が16年間にわたって述べた人材論は、単なる古代中国の帝王学ではありません。現代の組織運営における「成長段階に応じた人事戦略」「公正な評価制度の重要性」「リーダーのあるべき心構え」という三つの核心要素を、2500年前から体系的に示した組織論なのです。

現代において私たちが直面するあらゆる組織運営 — 企業経営、チームマネジメント、プロジェクト管理 — においても、この原理は普遍的に当てはまると言えるでしょう。成功とは、情熱や戦略だけで掴み取るものではなく、「適材適所」「公正な評価」「リーダーの心構え」という人材戦略の三要素をどれだけ体系的に実現できるかにかかっています。

「政の要は、唯だ人に在り」

組織の成功はすべて人材で決まる。どれほど素晴らしい戦略や資源があっても、それを実行する人材がいなければ絵に描いた餅です。逆に、優秀な人材がいれば、困難な状況でも活路を見出すことができます。

「官は才に称いて授け、禄は功に称いて与う」

役職は能力に応じて与え、報酬は成果に応じて支払う。これは現代でいう「成果主義」と「能力主義」の原点です。家柄や年功序列ではなく、実力と実績で評価する公正なシステムが組織を強くします。

「小善を以て大悪を忘れず、小瑕を以て大美を匿すこと勿かれ」

人材評価の際は、小さな良い点で大きな問題を見逃してはならず、小さな欠点で大きな才能を埋もれさせてもいけない。バランス感覚を持った公正な評価こそが、組織の人材活用を最大化します。

「心は、百体の君なり」

リーダーの心構えが組織全体に影響する。リーダーが正しい心を持てば組織全体が順調に機能し、リーダーが驕り高ぶれば組織全体が腐敗する。組織改革の出発点は、常にリーダー自身の内面から始まります。

つまり、持続的な成功を収める組織を作るには、戦略や技術以上に「人を見抜く目」「公正に評価する制度」「自らを律するリーダーシップ」が決定的に重要なのです。

この章の核となる思想を掘り下げる

政の要は、唯だ人に在り

古典の文脈

この格言は貞観2年、唐の太宗が臣下に述べた任賢篇冒頭の言葉です。中国史上最も繁栄した「貞観の治」の基盤となった人材思想の核心を表しています。太宗は続けて「人を得れば則ち天下、理まり、人を失えば則ち国家、危うし」と述べ、組織運営における人材の決定的な重要性を強調しました。これは単なる理想論ではなく、実際に16年間の統治で実証された組織論の根本原理です。

現代的意義

現代組織において、この教えは「人材ファースト経営」の重要性を示しています。AI技術やデジタル化が進む現代でも、最終的に組織の成否を決めるのは人間の能力と意欲です。特にリモートワークや組織の多様化が進む中、適材適所の配置と公正な評価がより一層重要になっています。「人に在り」とは単なる採用の重要性ではなく、人材を見抜き、活かし、成長させる組織システム全体の構築を意味します。

実践的価値

明日からあなたができること:チーム運営で問題が起きた時、まず「技術的な解決策」ではなく「人の配置や評価」を見直してください。プロジェクトが停滞している時は、適材適所になっているか、メンバーの能力と役割がマッチしているか、公正に評価されているかをチェックする。この「人材ファースト」の視点が、多くの組織課題を根本から解決します。

この教えの戦略的応用

ケーススタディ:あなたがチームリーダーとして組織改革を任されたら?

任賢篇の人材戦略は現代の組織運営そのものです。成長段階に応じた戦略的人事制度の構築法を、実在する企業の事例で学んでみましょう。

創業・拡大期

(政の要は、唯だ人に在り)
スタートアップ・メルカリ

創業期に優秀な開発者と事業開発メンバーを厳選採用し、各自の能力を最大限活用できる役割分担で急成長を実現

実践のコツ

今のフェーズで絶対に必要な人材を明確に定義できているか?

成長・安定期

(官は才に称いて授け、禄は功に称いて与う)
Google・OKRシステム

明確な目標設定と成果測定により、年功序列ではなく実力と成果で昇進・報酬を決定する制度を確立

実践のコツ

能力と成果を客観的に測定・評価できる制度があるか?

多様性推進期

(小善を以て大悪を忘れず、小瑕を以て大美を匿すこと勿かれ)
マイクロソフト・ダイバーシティ戦略

多様なバックグラウンドを持つ人材の強みを活かしつつ、課題も正直に評価して適材適所を実現

実践のコツ

先入観なく人材の真の能力を評価できているか?

リーダーシップ変革

(心は、百体の君なり)
パタゴニア・イヴォン・シュイナード

創業者が環境への配慮と従業員の幸福を最優先し、その価値観が全社に浸透して独自の企業文化を構築

実践のコツ

自分の心構えと行動が組織に与える影響を自覚しているか?

実践チェックリスト

歴史上の人物による実践例

「政の要は人に在り」という任賢篇の教えは、日本史上最も革新的な人材活用によって天下統一への道筋を築いた戦略家によって完璧に実践されました。身分制度の壁を打ち破り、能力主義を徹底した革新的な組織運営の物語です。

豊臣秀吉 - 身分を超えた能力主義人事制度の確立

豊臣秀吉の天才性は、任賢篇の人材思想を戦国時代に完璧に応用したことにあります。

「政の要は人に在り」として、出自や身分に関係なく優秀な人材を次々と登用し、「官は才に称いて授け、禄は功に称いて与う」として石田三成(商人出身)、小西行長(商人出身)、加藤清正(鍛冶屋出身)など、実力のある者を重要な地位に抜擢。

「小瑕を以て大美を匿すこと勿かれ」として、黒田官兵衛の戦略性、竹中半兵衛の知略、蜂須賀小六の情報網など、それぞれの特長を最大限活用する適材適所を実現。

さらに「心は百体の君なり」として、自らが農民出身であることを隠さず、部下との距離を縮める親しみやすいリーダーシップで組織の一体感を醸成。

この革新的人事制度こそが、わずか20年で天下統一を成し遂げた秘密でした。

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