【なぜ蜀は人材不足でも戦えたのか?】諸葛亮の「トレードオフ人事術」を人物志・管子で解き明かす

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導入(The Hook / 問いかけ)

リソース不足の悩みへの1800年前の答え

「うちのチームは人が足りない。今のメンバーで、どうやってこの高い目標を達成すればいいんだ…?」 多くのマネージャーが直面するこの**リソース不足**の悩み。実は約1800年前、三国時代の蜀という国で、一人の天才軍師がその完璧な答えを導き出していました。その名は、諸葛亮孔明。 私自身、ITコンサルタントとして、限られた予算と人員で無理難題に挑むプロジェクトを数多く経験してきました。そのたびに頭をよぎるのは、「完璧な人材はどこにもいない」という厳しい現実です。しかし、諸葛亮が置かれた状況は、私たちの比ではありませんでした。 魏や呉に比べ、国力も人材も圧倒的に乏しい蜀。なぜ、彼はその絶望的な状況から北伐を繰り返し、強大な魏と渡り合うことができたのでしょうか? その秘密は、彼の冷徹なまでの現実主義—**「完璧な人間はいない」という前提に立った『人物志』のトレードオフ人事術**、『管子』に見る **「規律と温情のバランス感覚」** 、そしてその根底に流れる **『論語』の信頼の哲学** にありました。この記事では、諸葛亮の苦悩と決断を通して、あなたのチームを少数精鋭の最強組織に変えるための、普遍的な原理を解き明かします。

物語(The Conflict / 物語パート)

天才軍師の最大の悩み—「人がいない」

建興5年(227年)、蜀の丞相・諸葛亮は、皇帝・劉禅に歴史的な名文『出師の表』を奉呈します。その目的は、亡き主君・劉備の悲願であった中原回復—すなわち、強大な魏を討つための「北伐」の許可を得るためでした。 しかし、その決意の裏で、諸葛亮は深刻な問題に頭を悩ませていました。**「圧倒的な人材不足」**です。 劉備と共に天下を駆け巡った関羽、張飛、趙雲といった猛将たちは、既にこの世を去っていました。戦略の柱であった法正や龐統もいません。国力は魏の数分の一。人口も兵力も、比較にならないほど劣っていました。 「一体、誰に任せればいいのだ…」 北伐という国家の命運を賭けたプロジェクトを前に、諸葛亮の机には、あまりにも少ない人材リストしかありませんでした。この絶望的な状況こそが、彼の伝説的な人事術を生み出す土壌となったのです。

「長所に賭ける」—馬謖の抜擢という大胆な賭け

そんな中、諸葛亮の目に留まった一人の男がいました。馬謖(ばしょく)です。彼は兵法の知識が豊富で、戦略を語らせれば右に出る者はいませんでした。諸葛亮は、夜を徹して彼と語り合い、その才能に惚れ込みます。 しかし、劉備は生前、諸葛亮にこう言い遺していました。「馬謖は言葉が実力を上回っている。重用してはならない」。主君の遺言は重い。しかし、今の蜀に、馬謖ほどの戦略的思考力を持つ若手はいませんでした。 諸葛亮は悩み抜いた末、決断します。 **「完璧な人材を待つ時間はない。彼の長所に賭けるしかない」** 第一次北伐の要衝・街亭の守備。諸葛亮はこの重要な任務に、馬謖を大抜擢します。ただし、彼もただ賭けに出たわけではありませんでした。馬謖の実戦経験の乏しさという「短所」を補うため、歴戦の勇将・王平を副将につけたのです。これは、長所を最大限に活かし、短所は仕組みで補うという、彼の人事哲学の萌芽でした。

泣いて馬謖を斬る—規律と温情の狭間で

しかし、結果は蜀軍の大敗に終わります。馬謖は諸葛亮の指示と王平の諫言を無視し、山頂に陣を張るという兵法の初歩を無視した過ちを犯し、魏軍に包囲され、惨敗を喫したのです。街亭の敗北により、第一次北伐は完全な失敗に終わりました。 成都に帰還した諸葛亮は、再び苦渋の決断を迫られます。愛弟子であり、将来を嘱望した馬謖を、どう処遇すべきか。 「丞相、どうかご寛大な処分を…」 「彼もまだ若い。再起のチャンスを与えるべきです」 多くの者が馬謖の助命を嘆願しました。諸葛亮自身、誰よりもその才能を惜しんでいました。しかし、彼は涙を流しながら、首を横に振ります。 「軍律は、誰に対しても公平でなければならない。私情で法を曲げれば、組織は成り立たなくなる」 諸葛亮は、全軍の見せしめとして、馬謖に死罪を命じます。世に言う**「泣いて馬謖を斬る」**の故事です。 しかし、物語はここで終わりません。処罰の後、諸葛亮は自ら馬謖の遺族を訪ね、生涯その生活を保障することを約束しました。そして、自らもこの敗戦の責任を取り、三階級の降格を皇帝に申し出たのです。 この一連の行動—**規律の厳格な適用、人間的な配慮、そして自らへの処分の厳しさ**—は、蜀の将兵たちに強烈なメッセージとして伝わりました。「丞相は、決して身内を贔屓しない。そして、失敗の責任は自らも負う」。 この事件により、蜀軍の規律は一層引き締まり、諸葛亮への信頼は揺るぎないものとなりました。人材不足という現実は変わらない。しかし、組織の「質」は、この悲劇を乗り越えて、より強固なものへと進化したのです。

分析(The Journey / 分析パート)

なぜ諸葛亮だけが、限られた人材で戦い続けられたのか?

諸葛亮の人事術は、単なる精神論ではありません。それは、蜀という国家が置かれた絶望的な状況と、彼自身の経験から生まれた、極めて合理的で体系的な「生存戦略」でした。その根底には、中国古典の叡智が深く根ざしています。

1. 『人物志』に見る「トレードオフ人事術」—完璧な人間はいない

諸葛亮の人事の根幹は、「完璧な人間はいない」という冷徹な現実認識にあります。これは、後漢末の思想家・劉劭が著した人物評価の古典『人物志』の思想と完全に一致します。 > **『人物志』材理篇** > 「一人の身にして、才能と徳性を兼ね備えることは難しい」 多くのリーダーが「欠点のない人材」を求めがちですが、諸葛亮は逆でした。彼は、**人材の長所と短所はトレードオフの関係にある**と理解していたのです。 馬謖の抜擢は、この「トレードオフ人事術」の典型例です。 * **長所:** 卓越した戦略的思考力、企画力 * **短所:** 実戦経験の欠如、過信 * **打ち手:** 長所に賭けて大任を任せ、短所は王平を副将につける**「仕組み」**で補う。 結果的にこの試みは失敗しましたが、この思想自体が、人材不足の蜀を支え続けました。例えば、内政の天才である蒋琬(しょうわん)や費禕(ひい)に国政の大部分を任せ、自分は軍事に専念する。これもまた、それぞれの長所を最大限に活かすトレードオフの発想です。 **なぜ諸葛亮にこれができたのか?** それは、彼が仕えた劉備自身が、完璧とは程遠い人物だったからです。劉備には教養もなければ、特別な武勇もありませんでした。しかし、彼には「徳」という圧倒的な長所がありました。この経験から、諸葛亮は「人の価値は一つの側面だけでは測れない」という人間観を体得したのです。

2. 『管子』に見る「権衡(けんこう)」—規律と温情のバランス

「泣いて馬謖を斬る」は、非情な決断として知られています。しかし、その本質は、春秋時代の思想家・管仲の言行をまとめた『管子』が説く「権衡(バランス)」の思想にあります。 > **『管子』権修篇** > 「賞罰を明らかにし、権衡を誤らなければ、悪事はなくなる」 諸葛亮の行動は、まさにこの「権衡」の実践でした。 * **規律の厳格さ(刑):** 理由の如何を問わず、軍律を破った馬謖を処罰する。 * **人間的な配慮(徳):** その家族の生活は生涯保障する。 * **自己への厳格さ:** 監督責任者として自らも降格する。 この三点セットによって、諸葛亮は「規律の厳格さ」と「人間的な配念」という、組織運営における二つの重要な要素のバランスを取りました。これにより、他の将兵は「自分も失敗すれば処罰される」という緊張感を持ちつつも、「丞相は我々を見捨てない」という安心感を得ることができたのです。 **なぜ諸葛亮にこれができたのか?** それは、彼自身が劉備から受けた「三顧の礼」という大恩と、蜀という国家を預かる丞相としての公的な責任との間で、常にバランスを取らざるを得なかった彼の立場が、この思想を血肉化させたからです。私情と公論の狭間で下した決断だからこそ、それは人々の心を動かしたのです。

3. 『論語』に見る「徳治主義」—信頼こそが最強の資本

諸葛亮の人事の根底には、スキルや実績以上に「徳」や「誠実さ」を重んじる、儒教的な価値観がありました。 > **『論語』為政篇** > 「政を為すに徳を以てすれば、譬えば北辰の其の所に居て、衆星の之に共(むか)うがごとし」 > (徳をもって政治を行えば、北極星が動かずに衆星がその周りを巡るように、人々は自然と従う) 諸葛亮は、能力が高くても不誠実な人間を決して重用しませんでした。例えば、魏延という勇将はいましたが、彼の傲慢で反骨心のある性格を危険視し、常に監視下に置いていました。 **なぜ諸葛亮にこれができたのか?** それは、彼自身が劉備の「徳」に心酔し、生涯を捧げた経験に他なりません。荊州の片田舎で隠遁生活を送っていた若き諸葛亮が、何の地位も財産も持たない劉備に仕える決意をしたのは、三度にわたって訪ねてきた彼の誠実さに心を打たれたからでした。この原体験が、「人の本質は能力ではなく、その人の『心』にある」という彼の揺るぎない価値観を形成したのです。蜀という小国が最後まで戦い続けられたのは、この「信頼」という無形の資本があったからに他なりません。

教訓(The Resolution / 現代への応用)

諸葛亮の叡智を明日から実践する3つのフレームワーク

諸葛亮の叡智は、1800年の時を超え、現代の私たちに「リソース不足の組織でいかに勝つか」を教えてくれます。明日からあなたのチームで実践できる、3つの「諸葛亮流フレームワーク」を紹介します。 **1. 「長所・短所・対策」シートを作成する(トレードオフ人事術)** メンバー一人ひとりについて、「卓越した長所」「目をつぶれない短所」「短所を補う仕組み」の3点を書き出してみましょう。完璧な人材を探すのではなく、今いるメンバーの長所を最大限に活かし、短所はチームや仕組みで補う方法を考える。この視点の転換が、チームのパフォーマンスを劇的に向上させます。 **2. 「失敗からの教訓」を共有する文化を作る(権衡の実践)** 抜擢した部下が失敗した時こそ、リーダーの真価が問われます。感情的に叱責するのではなく、**「ルールの適用(なぜダメだったか)」「人間的配慮(君の挑戦は評価する)」「自己反省(自分のサポート不足はなかったか)」**の3点セットでフィードバックを行ってください。私が見てきた多くの組織では、この「権衡」の欠如が、挑戦する文化を殺していました。 **3. 「なぜ、この仕事をするのか?」を問い続ける(徳治主義の実践)** スキルやKPIだけでなく、メンバーの価値観や仕事への想いを理解するための1on1を設けてください。短期的な成果を超えた「信頼」で結ばれたチームは、困難な状況でも決して崩れません。 **最重要メッセージ:あなたの「馬謖」をどう活かすか** あなたのチームにも、才能はあるが経験不足の「馬謖」がいるはずです。彼/彼女を切り捨てるのは簡単です。しかし、諸葛亮のように、その才能に賭け、失敗から学び、共に成長する道を選ぶことこそ、真のリーダーシップではないでしょうか。

まとめ

なぜ、圧倒的に人材が不足していた蜀は、強大な魏と戦い続けることができたのか。その答えは、諸葛亮が実践した、古典の叡智に裏打ちされたリアリズム人事術にありました。 * **『人物志』のトレードオフ人事術**: 完璧な人間はいないと割り切り、長所を活かし短所は仕組みで補う。 * **『管子』の権衡(バランス)**: 規律の厳格さと人間的配慮を両立させ、組織の求心力を維持する。 * **『論語』の徳治主義**: スキル以上に「信頼」を重視し、組織の無形の資本を築く。 これらの思想は、彼自身の原体験—劉備の「徳」に触れた三顧の礼、完璧ではない主君と天下を目指した経験、そして愛弟子・馬謖の抜擢と処断という痛恨の失敗—を通して、彼の血肉となっていたのです。 現代の私たちも、常に「人材不足」という課題に直面しています。しかし、諸葛亮が証明したように、限られたリソースは、むしろ組織の「質」を高める絶好の機会となり得ます。 あなたのチームにいる「未完の大器」の才能を信じ、その長所に賭けてみる。そして、たとえ失敗しても、そこから共に学び、成長の糧とする。その覚悟こそが、あなたのチームを少数精鋭の最強組織へと変える、最初の一歩となるのです。

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著者

歳三

歳三

(ITコンサルタント / 歴史戦略研究家)
学習歴: 古典・兵法書研究20年以上
MBA理論 + IT戦略コンサル + PM/PL経験 + 古典研究という稀有な組み合わせ
注意事項

この記事は一般人の学習記録であり、専門家による助言ではありません。 実践の際は自己責任で判断してください。

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参考文献

  • 『人物志』劉劭著, 渡邉義浩訳, 明治書院, 2011年
  • 『管子』金谷治訳注, 岩波文庫, 2000年
  • 『論語』金谷治訳注, 岩波文庫, 1999年
  • 『三国志』陳寿著, ちくま学芸文庫, 1992年
  • 『諸葛孔明』渡邉義浩著, 中公新書, 2017年
  • 『正史三国志英雄銘々伝』渡邉義浩著, KADOKAWA, 2021年
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